2013年6月16日日曜日

音屋のぐだぐだアクアライフ 1

◆駄目だ、こりゃ観察日記つけないとっ

数年前にはじめたアクアリウム。その見た目の綺麗さに「こんなのが部屋にあったら、さぞ創作意欲も湧くだろう」
と嫁を説得してはじめました。
狭い部屋にちょうど良いサイズ、として45センチ水槽を選択。

去年は成功したんですよ。ほぼ何も問題はおきず、スムーズに楽しめたんです。
ヤマトヌマエビx5 
ミナミヌマエビ 多数
は、昨年からの生き残り。ミナミヌマエビは大量にいたのですが、
今年春にリセットした際に、数日で猛烈な白濁りに見舞われ、環境の変化からか
「脱出を試みた後」が後々に発見が相次ぎ、現在確認している数は3。
今年から完全な趣味で投入した「ニホンバラタナゴ」と「奄美ヒナハゼ」が
おとなしい顔して、やはり小さなエビたちにとっては脅威だった模様。
小さなエビが主食、って書いてあるじゃんか。

今年は4月のリセットからすでに3回のリセット。
原因は、白濁り。

白濁りなんてしたことなかったので、いろいろネットで調べたりしました。
水槽メーカーがHPで書いてあることを鵜呑みにし、いろいろ試してみました。

私の場合、ADAの写真集を見てアクアリウムをはじめため、
何も考えずにADAの商品を信頼して使用しています。

昨年はその方法で何の問題もおきず、ずーーーっと綺麗なまま。
冬なんて、3週間も換水すらしないままでも綺麗なままで、においもせず
小さな水槽の中に完璧な環境が出来上がっていたのです。

いい気になった私は、「今年は、化粧砂を使った水槽が作りたい」
と、化粧砂・ADAの「ラプラタサンド」を購入。

昨年開封し余っていたパワーサンドとソイルを使用して水槽作りしました。

そしたら立ち上げ3日にして猛烈な白濁り。

何がおこった???
砂かっ 砂が悪いのかっ

検査薬で水を調べても、生体にダメージを与えるような水質変化はおこっていない。
アンモニアもそれほど感じない…。

にしてもこの「光を通さないほどの白濁り」は経験が無い。
とりあえず…、砂を使わずに…はじめようか今年も。

リセット。

そして三日後。恐れたことが。
猛烈な白濁り。(全く同じ)

ええぇぇえぇぇ?
砂による硬度上昇のバクテリアバランスの崩壊じゃないの??


さて、砂のせいではないことはわかった。

リセット。

さて、予想を立てなくては。
これが、ネットで言われる、いわゆる「立ち上げたばかりの状態のバクテリア不足の白濁り」であるならば、放っておけばじきに晴れるはず。
ところが、ネットで写真をみる限り、明らかに「白濁り」と呼ばれる現象とは違う色をしている。緑だ。放置してさらに三日、明らかに「グリーンウォーター」に。
あれ? でも、生体は元気そうだ。

予想を立てる。
昨年開封し、夏を経て冬を越え、春になっている「パワーサンド」と「ソイル」
特にパワーサンドが怪しい。
開封、しかも外での保管。バクテリアが過剰生成されていてもおかしくない。

ということは、植物性バクテリアが「充満している水槽」ってことか?
こうこうと光りを当てているため、一日で透明度ゼロの水になってしまうということだろうか?

実験だ!

植物バクテリアは光合成で増える。二酸化炭素を吸収し酸素を出す。
では、それを抑えたらどうなるか。

以前は全換水しても一日で濁りが再発していた水槽が、1/2換水・光を当てずに、酸素不足だけは起こさないように気をつけながらまわした結果。



これでもかなりましになった。
奥の壁が見えるもの。
白濁りの正体は「光合成細菌・植物性バクテリア」であることが判明しました!!

つまり、古いパワーサンド、古いソイルが、経年で過発酵し
それが溶け出した水が、植物性バクテリアを爆殖させるのに十分な栄養を放出していたということなのでありましょう。
さらにそこに、何も考えずに植物を育てるための栄養添加剤などをがんがん入れていたため、まさしく富栄養水状態。生体にはあまりダメージは無いけどとにかく濁るという水になっていたのでありましょう。

しかも光をがんがんに当てるので、もう濁りは止まらない。

正体さえわかればこっちのもの。
ようするに、栄養がありすぎるんだから、換水を繰り返して、与える栄養と光をコントロールしてやればいい。
さらには、植物性のものを食べる細菌を入れてやったりすればいいってことなんでしょう。
さすがに、生きたミジンコを買ってくるのには抵抗があるため、とりあえずこのまま様子をみることにしました。

いわゆる、水槽の中で「赤潮」が発生するという現象を体験できました。

日々、勉強なり。

2013年6月1日土曜日

夏コミ参加

夏コミ、受かりました〜
月曜日 東地区“T”ブロック-38b

それ以前に、6月30日の「七色魔女の人形舞踏会3」にも出ます。
7月28日の仙台コミケにも御邪魔します。

いそがしーいそがしー

2013年4月2日火曜日

仙台コミケおつかれさまでした

31日、仙台コミケお疲れさまでした。

地元の人で「趣味工房にんじんわいん」を知っている方がいて驚きましたです。ハイ。
今後、ちょくちょく地元イベントにもでようと思っておりますので、よろしくお願いします。

楽しい話もできるといいですね!

2013年3月26日火曜日

寒い

昨日大阪から戻ってきました。

Mコミに出ていたのですが、もう桜なんて咲いてたりしてとても暖かかったのですが
仙台に戻ってくると寒い。
今日も、風が強くて、とっても寒い。

春まだ遠し…

3月31日 仙台コミケに出ます。
夢メッセです。

2013年2月21日木曜日

コンサート開催


来る3月2日(土)宮城野区文化セター、パトナホールにてサンリツ講師陣によるコンサート
「Thank you for Listening to our Music!!!」を開催します。

私の作曲の曲も演奏される予定です。お近くの方はぜひ!

事前でのチケット購入希望の方は、私個人に連絡を下さい。
当日券もあります。
この機会、ご家族、お友達お誘い合わせの上、ぜひおいで下さい。
お待ちしています。

2012年12月29日土曜日

コミケ83でのお品書き

コミックマーケット83

はじまっちゃいました。まさか当日にお品書きを書くとは…

新譜:東方ゲームショウ2012 in 東方ビックサイト
今回の新譜は「いろいろ入ったCD」です。

秋彩 AKI-IRO

Witches' Pillow

某方妖々夢 オリジナルサウンドトラック

その他、東方系のアレンジCDは「全種類」用意しております。
数が少ないものもあります。お早めにどうぞ。


今回の目玉

趣味工房にんじんわいん クロニクル (SDカード)
現在品切れして販売していない全てのCDを詰め込んだ、MP3データ4.9G
総曲数736曲の壮絶なアルバム。福袋扱いでどうぞ。

Studio Til 
Nepheshel Original Sound Track+ImageSong ツナグソノテ
Nepheshel Arrange Collection 1 - 4
クゥる・ぼ〜る オリジナルサウンドトラック
ねこねこ オリジナルサウンドトラック
ねこねこ ソングコレクション イキルトイウコト
Moonlight Blue オリジナルサウンドトラック
ここま・キャノンボ〜ル オリジナルサウンドトラック

Sound Only RPG
Angel Knight Sword 1-6
Angel Knight Sword Plus
Blue Force
Eltrance Memory
Fairy Prophetess
Remix Red
Remix Blue
Time Truth

Supplement 
Ca Capability
Fe Fearless

Vocaloid Collection
Digital Heart
Micro-Li
Mimic
Motif's
Negative Miku
Pranoia Miku
ツナガルソラ
よんおん!
歌姫峠
電動少女は8bitの夢を視る

Works
いろいろ(表記不可)

その他(シングル)
Cyber Strings
Kanon 2nd Season
Mikoto
Rainy Days
Real Doll
Symphony of FANTASY
Terra Forming Earthtear ver2
Yggdrasill Leaf
あの空へ
音霊戦隊 ディスクレンジャー
金色のストライカー

RPG
Histoire Original Sound Track
Symphony of Histoire

上記の物が入っています。
これを書いてる段階からさらにいろいろ入れる予定です。

3万円…くらいから…、交渉しませんか?
(ちなみに、16GB SDカードでMP3データで入っています)

それでは、よいコミケを!








2012年12月27日木曜日

楽譜は苦手やねん!!


昨日、信頼しているバイオリニストと昼飯喰いながらかなりの音量で口論になった。
そして楽器からはじまる作曲家、とコンピューターから始まる作曲家は違うんだなーと改めて認識した。
いわゆる、演奏家、あるいは演奏から入った作曲家とは、そもそも「楽譜」に対する認識がまるで違う。
自分は楽譜は全く読めない。意味を感じない。
そんなこというと音楽家としては大変…、でもない。
コンピューターでの作曲は、音自体での勝負。出してる音が何であるか、などあまり関係ないし意味もない。
今弾いた音はすぐに音になるし、それが瞬時に記録(録音)される仕組みだから、改めて楽譜を必要としない。
楽譜は、その音楽を再生させるための装置であり、演奏家は、その再生機の個性、だと思う。
同じCDでも、CDプレイヤーのメーカーが異なれば違う音で聞こえるかもしれないし、スピーカーが違えばやはり違う音に聞こえる。
演奏家もそういうもので、同じバッハの曲でも演奏家によってニュアンスそのものが変わってしまう。

コンピューターを相手にして音楽を作るということは、ある意味で「コンピューターにしかわからない楽譜を書いている」ってことであり、普通の楽譜に含まれる情報に比べてコンピューターの方が格段にその再現率が高い。よって、改めて楽譜にする、という事は全くしなくなる。(意味が無いから)

ところがそれを、自分以外の演奏家に演奏してもらおうと思うと「翻訳」が必要になる。そしてその翻訳された後の出来上がった楽譜から読み取れる情報があまりにも少なくて、楽譜からだけではさっぱりその曲のイメージが湧かない。アクセント一つとっても、どのくらいアクセントなのか?の情報が3段階くらいしか表記できない。

だから、「音媒体」に頼ろうとする。CDを渡して「楽譜では伝わってないニュアンス」を音で伝えようとする。相手は演奏家だから耳はいいはずだ。一度聞けばだいたい分かってくれる。そう思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
楽譜を渡すのと同時にCDを渡しているのだが、それの意味がよくわからないらしい。
そして、二言目には「あれ、これコード書いてないよ?」と言われる。

そんなもん、CDがあるんだからさ、聞きゃわかるだろうよ演奏家なんだし!!
と思うわけなのだが、そもそも聞かないみたいだ。
演奏家の言わせれば、アドリブを吹くのにコードが書いてないなんてのは、出来ないに等しい、という。音があるのになんで? 音聞いてわかんないの?とか思うのは多分世界が違うのだろう…。

パソコンで音楽を作る、ということはどこまでいっても理系脳なので、じゃ、コード書いてくれと言われて、散々に悩みまくってコードを書いて渡すと「あれ、これじゃ吹けないよ」と言われる。
コードがとにかく複雑過ぎて流れがわからないと言われる。

書けっつーから書いたんだよ。それも正確に。それこそ一拍単位で丁寧にコードを拾っていったのに、複雑過ぎる?? だってそういうように弾いてるんだものそれを書いてるのになんでそれじゃ弾けないの?

…といつも思っていた。
だからコード表記は極めて苦手で(というより、OKを貰った事が無い)いつも他人任せ。
結局コードというのは「演奏家の都合」で記すものであって、「作曲家の意向」を反映させるためにあるものでは無いという結論に昨日やっと達して納得した。

実際、演奏家が演奏においてやらなきゃならないことはたくさん有る。アドリブなんてあった日には五感と研ぎすましてコードとリズムと対話しながら個性を打ち出さなくてはならない。
そんな、極端にCPU負担(脳のこと)が激しいタスクをこなすためには、複雑なコード表記は邪魔にしかならない。楽譜を見ただけで脳内で「コードのながれ」がイメージできなければならないからだ。
演奏家にとってイメージできるコードの限界はセブンスまで。
いきなり「CmM7-13」とか書かれてもさっぱりわからないわけだ…

全てのトラックを全部作るコンピューター打ち込みの音楽家の作曲手法において
「ざっくばらんで適当に」は命取りになる。全トラックに細心の注意を払って作り込んで行くのだ。音がぶつからないか? 無駄な音は無いか? 音の長さはそれでいいか? 強さは? 

「てきとーに書けばいいんだよコードなんて」と、テキトーにやるとダメだしを食らうんじゃどうしたらいいのさと思っていたし、今も思う。
書いてあるコードと実際の音が違う、と文句を言われることも多々有るが、その度に凹むし…、
鍵盤で弾いて「じゃ、この音はなんてコードなの??」って聴くと大体は
「…まー、Cって書いとけばいいんじゃない?」」って言われる。
じゃ、いいんじゃねーか!! Cって書いてあって正しいんじゃねーか!!


思えば私は、楽譜を読むのが極めて苦手だった。音楽なのだから音を聞けば良い。楽譜を見るよりもピアノの先生に「一度弾いて聞かせてくれ」という事が多かった…、多かったじゃない、そうじゃないと弾けなかった。

別に楽譜を見るのが嫌いなわけではないけども、そこから何も伝わってこない。無機質でデジタルなただの数学的な設計図に見える。そして、その設計図から読み取れるのは「数学的に弾く」という指示だと受け取ってしまう。
テンポが120だったら、確実に120で無ければ作曲者の意向を台無しにしてしまう。アンダンテ、とかモデラート、とかいう表記は、「…ま、そこはそれ、あなた次第」というニュアンスで余計にややこしい。なんで? なんで曖昧なの?
こんな風に弾いて欲しい、というこだわりは、この作曲家にはないの?
…と、本気でピアノの先生にぶちまけたこともある。

「そんなことは楽譜に書いてない」と言いたくなるシーンが吹奏楽で多々あった。それは演奏家としてどれだけそこから汲み取るか、という話なのだろう。打ち込みではそれすらもデータ化する。抑揚やゆらぎもデータ化する。

そういう意味では、コンピューターミュージック演奏家、なのだから、そのメロディに対してどれだけ抑揚を付けて行けばいいか、という部分では瞬時に汲み取るし、打ち込める。
それを、演奏家は楽譜から読み取って、汲み取って演奏する、ということだ。

達した結論としては、私はハナっから演奏家を信頼していない、ということだろう。
打ち込んだ方が早い、というニュアンスは未だに抜けない。
ただ、一流の人達というのはやはり別で、つたない未完成な楽譜からでもちゃんとニュアンスを読み取って、楽譜以上、イメージ以上のパフォーマンスをしてくれる。
結局、演奏家の腕にも寄るのだ。

コードという概念が無いクラシック
その意味が痛い程良く分かった。楽譜の表記とは全て「作曲家の意向を演奏家に伝えるためのもの」であるという認識を改めれば良い。
コードだけは「演奏家の都合」の表記なのだ。そんな当たり前と一笑される事をやっと理解した。
そうとわかれば…、私も演奏家として、自分の曲を都合良くコードを書いて行けば良い。
正しいか間違いか、ではなく、それで流れが読めるかどうか、なのだろう。

コンピューターがあったからこそ作曲家を目指した、という人種は
当たり前だけど、私よりちょっと上の世代(40代くらいまで)が限界で
今までの作曲家の理論は通用しない部分は多々有る。
ピアノロールが「一般的な楽譜」になってくれないだろうか…
200年くらい…かかるのかもしれない。

作曲家と演奏家の違いもあるだろう。
別に、「ここはこう弾いて欲しい!」と拘っているつもりはない。好きにやってくれればいい、と逆に思っているのだ。
アーティキュレーションが書いてない、と文句を言われる事が有るが、そのくらい自分でディレクションして欲しいものだ。書いてないなら自分でこう吹いちゃえ! というのが真の演奏家じゃないかね? 私はそう思う。
間違ってごめんなさい、ともよく言われるが、私はそんなこと気にした事もない。
逆に、打ち込みならその「間違い」を意図的に生みだすために手間がかかるのに、人間はいともあっさりとヒューマンノイズを生み出してくれる。生演奏とは「間違うリスク」すらも音楽表現なのだ。音を間違う、それは素晴らしい表現だ。機械には絶対に出来ない。

演奏家も作曲家も、考えてることがあべこべなのだ、と思った。
演奏家は作曲家を誤解し、作曲家は演奏家を誤解していることが多々あると思う。
特に私のように、コンピューター相手での音楽活動 しか してこなかった人間にとって
正確な演奏などにほとんど価値を感じないのだ。
そこの所を演奏家に伝えないといけない。

「楽譜に書いてあることは殆ど意味がありません。自分で考えて吹いて下さい」

それは、演奏家にとって酷だろうか?
でも、それが出来ないなら…、打ち込みの方がいい。